ぶろぐたし

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68ぺえじめ。ご冥福ってなんだろう。

こんにちは。

 

法事に参加した一般無宗教市民です。

 

注!

この記事には無責任な宗教解釈が含まれます。

本職の方が奇跡的に目をとめられたとしても訂正やご教授はいただき学びたいとは思いますが、私は私より信じるものはないのであしからず。

 

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納骨堂に入り、ご先祖様に手を合わせ私はこう祈りました。

 

ご冥福をお祈りします。

今も元気でいてください。

 

祈り終わって思いました。

 

ご冥福ってなんだ。

そもそも今何しているかわからないのに亡くなられた方の何を祈るんだ。

 

と。

その方の境遇も知らずにただ健勝、幸福あれとは大変不謹慎で尊大だと思いませんか。

 

そもそも人間の中に魂とかあるかも知りませんし、多分それを証明できることは生きているうちにはないでしょう。

 

昨年自損事故にて意識ぶっ飛ばして生死の境に歩み寄ったと思いますが、その時も自分の魂は感じなかったです。

もこうの実況と楽天の試合見た記憶しかないです。

 

ですので、今回はお説法の間に配られていた日蓮宗についての冊子を本気で読むことにしました。

こういう時古文を読めるというのは素晴らしいですね。

 

・ご冥福とは

まず、日本語を読み解きましょう。

ご:丁寧語。 例…ご飯

冥(引用:コトバンク)

 暗くて見えない。「冥暗冥冥晦冥(かいめい)昏冥(こんめい)幽冥
 道理に暗い。「頑冥
 奥深い。心の奥底。「冥想
 あの世。「冥界冥土冥福
〈ミョウ〉人知を超えた神仏の働き。「冥加冥護冥利

 

この場合は4、でしょう

 

福:幸福。幸せでしょう。

 

つまり

ご冥福=あの世での幸せ

を祈っているわけですね。

 

日蓮宗におけるあの世での幸せ とは

私が読んだ限り、南無妙法蓮華経と唱えて死ぬと、どんな死に方でもその魂は久遠の仏さまのもとへいざなっていただけるらしいです。

 

最後お説法のなかでも、人は現世で死ねば死ぬということではなく、因果のなかで久遠の仏さまのもとへいき、蓮華経との同一化を目指すようです。

 

つまり、久遠の仏さまのところで上手くやることがあの世での幸せといえるのでしょう。

 

・結論と余談

私は今後、日蓮宗のお寺では皆様あの世で仏さまとうまくやってくださいと祈ろうと思います。

 

 

余談ですが、祈りをする意味の文の中で

 

日蓮とお弟子さんが大変な目に合ってる時、人々は笑うばかりであった

けど、人々が大変な目にあっても南無妙法蓮華経と唱えればいいんだよって話があって

 

確かに鎌倉時代迫害された後発展へとつながったという歴史は知っているが

日蓮、引っ張るな~~~~

と思いました。

 

おわり。